続・トキ絶滅

トキコ

大人でも苦痛に感じるほど長たらしい葬儀を、子供たちは耐えられるのだろうか?
弟とアサちゃんの間には、10歳・8歳・5歳の子供がいる。葬儀が行われた頃は、9歳・7歳・4歳だった。3人とも男の子で総じて落ち着きに欠けている。

葬儀の細かい順序は覚えていないが、早い段階で「送る言葉」を友人代表と孫代表が読むことになっている。孫のいない場合はどうしているのか知らないが、昔からのしきたりで必ず孫を代表して誰かが言葉を述べなくてはならず、それは初孫である私が引き受けた。
笑いの兆候は、友人代表の挨拶で既にあった。近所に住む90歳の婆さんが頼んでもいないのに立候補をしてきたらしい。
「この辺りの人は、全部私がやっているから、明日までには書いてきます」と。父も母も本音を言えば別の人に頼みたかったらしいが、やりたいと言っている以上、断りにくく波風も立てたくなかったので迷った末にお願いをした。

「いつもニコニコ、笑顔のトキさん」
90歳らしからぬハキハキとした口調で、読み始めの調子は良かった。しかし、折りたたんだ紙のどこを読んでいるのか分からなくなったようで、しばしの沈黙の後、文脈の前後など関係なく「いつもニコニコ、笑顔のトキさん」と振り出しに戻った。それから20秒もしないうちに三度目の「いつもニコニコ、笑顔のトキさん」を発令し、しばらく順調だったので油断をした隙に四度目の「いつもニコニコ、笑顔のトキさん」が始まり、「いつもニコニコ、笑顔のトキさんスパイラル」から抜け出せなくなった90歳の婆さんに風間家一同、笑いを堪え切れなくなり、必死で唇を噛みながら下を向いて肩を震わせた。
もちろん、後で「誰だよ、あんなポンコツにお願いしたのは!」と父と母と伯父は責任をなすり付けあっていた。

次に私の番が来て、私も「いつもニコニコ、笑顔のトキさん」から始めたら、絶対にウケる!と確信をしていたが、本当に爆笑されそうな気がして直前で思い留まった。この判断は、その後に無駄となる。

手を振るわけでもなく、泣き叫ぶわけでもなく、静かに、この世を去っていった祖母は、
見つめるわけでもなく、振り返るわけでもなく、静かに、旅立っていきました。
旅立つ祖母の辿る先は、どんなに思いを馳せてもなお知ることは叶いませんが、誰にも知り得ぬところで、私の背中をこれからも押してくれることでしょう。
「元気でやっているか」
嬉しそうな声で掛けてくる電話はもう来ないけれど、何日も会えないことが多かったから、私は大丈夫です。まだまだ何十年も先、いつか祖母のところへ行く時に、シワシワになった私が必ず祖母を見つけます。だから、ありがとうって言えるまで、どこかで見ていてください。
ありがとうって言っているから、どこかで見ていてください。

私の言葉をどう感じたのか隣に住む小沢一家が泣いていた。
さらに反対隣の家の人たちも泣いていた。皆、私がおじいちゃん・おばあちゃんっ子だったことを知っているので、必要以上に言葉を解釈したようだ。本意ではないものの、これはこれで葬儀らしくなって良かったのかもしれない。そう思った時、4歳の甥っ子が部屋中に響き渡る大きな声を発した。
「いつもニコニコ、笑顔のトキさん!」
読み終えたばかりの私が吹き出してしまい、小沢一家の涙も一瞬で乾いた。
4歳は続ける。「いつもニコニコ、笑顔のトキさん!」
ギャグのようなフレーズを気に入ったのか、何度もその言葉を繰り返した。
「静かにしなさい」たしなめるアサちゃんも口元がにやけていた。
けれども4歳は素直だ。
「なんで、さっきの人、同じことばっかり言ってたの?」
アサちゃんが4歳の口を右手でふさいだ。

そして、トキに死化粧が施される。
白い足袋が手渡され、母がトキの足に足袋を履かせた。
「なんで靴下を履くの?」9歳が母に問う。
「旅に出るからよ」母が答える。
「どこに行くの?」今度は7歳が問う。
一瞬、言葉に詰まった母は面倒になったのだろう。
「チョモランマ」と答えた。
このあたりから弔問客がザワザワし始めた。

化粧師さんが、祖母の産毛を剃るために、鼻の下から顎先までシェービングフォームで弧を描いた。
「あれ何?」7歳が問う。
母が答える。 「サンタさん」
「サンタクロースさんだあ~」4歳が叫ぶ。
弔問客は声をあげて笑い、坊主(和尚さん)と化粧師は訝しげな顔をする。
「あのね、サンタさん、欲しいものは…お金!」4歳が願いを絶叫すると、弔問客から歓声があがった。
「小遣い増やしてやれ~」
「俺もお金がいいなあ~」
坊主が何かを言おうとすると、母が客に向かって声を張り上げた。
「ダメだ、おめえらは自分で稼げ」

ここに坊主がいなければ葬儀とは分からない雰囲気になったところで、トキを棺へ入れることになった。
「知ってる!」と9歳。
「これさ、両足だけ高く持ちあげて、ストーンと棺桶に落として入れるんでしょ。ドリフで見た!
「これドリフじゃないぞ」
そう言いながら棺に母親を入れるために立ち上がった伯父は、足が痺れていたようで、生まれたての仔馬のように四つんばいになるや否や、ごろりと派手に転倒し、美しく飾られてあった花々を根こそぎひっくり返し、大きな歓声を浴びた。
「やっぱドリフじゃん」私が9歳に言うと、9歳が冷静な意見を述べた。
「ドリフの方が面白いけどね」

「まったく、おじいさんの時もそうでしたが、不謹慎ですよ」
帰り際に坊主は怒っていたが、母は「本当ね~。言っておきますから」と自分もその中心にいたことを気にも留めずに同調しながら、去っていく坊主の神々しい頭部を見送っていた。

誰のための葬儀なのだろう。
坊主のための葬儀なのだろうか。
祖母のための葬儀なら、許すどころか、温かな気持ちで笑いながら見守ってくれていたと思う。
いつもニコニコ笑顔のトキさん、享年85歳。

わたげ

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