かすみ草

かすみ

先週、気分転換のために近所を徘徊していたら、ドトールを発見した。
この場所に1年半も住んでいるのに、今さら新しい発見があるなんて、ラッキー!!
文庫本も持っていたので、コーヒーでも飲みながら読書でも…。

平日の、わりと辺鄙な地にあるドトールは、驚くほどに空いていた。
あのカップルが来るまでは貸し切り状態だったから…。
コーヒーを注文して、席に着くと同時に読書を始めた。
前にも読んだ本なのに、うっかりまた買ってしまった有川浩の「阪急電車」は、片道わずか15分のローカル線を舞台に、色々な人たちが交差するストーリー。
ずっと読んでいたい!そう思える小説は、横道世之介以来だ。

この小説の中には、色々なカップルが登場する。
今から恋が始まりそうな2人、終わりが見えている2人、同じ大学に通う2人、社会人と付き合う高校生…。
たった15分の電車の中にも、色々なカップルが登場するんだから、私がドトールに30分以上いたら、異質なカップルが登場しても、おかしくはないでしょう。

「チカちゃん、どこの席にする?」
やたらと大きい声がしたから、声の主の方を振り向くと、テクノカットのモサイ男と、オサゲのモサイ女が立っていた。THE★モサップル。2015年、確実に流行ります。
「あそこがいい!」
チカちゃんったら、広い店内なのに、何故か私のすぐ隣の席を指差した。

おいこら、オサゲ!!
53席もあるって言うのに、なんでわざわざ隣に来るんだよ!!!

せっかくの優雅de素敵de小粋な平日の読書タイムだったのに、このTHE★モサップル、ただでさえ隣だから会話が聞こてしまうのに、やたらと声がデカくて、すぐに気が散った。小さく、でもちょっと聞こえるように舌打ちをしたものの、効果ナシ。
うるさいって意味じゃなくて、あっちに行けって意味で。

気付くわけがないよねえ~。
気付く人間だったら、最初っから真横の席なんかに座るはずがないよねえ~。
「私、この間、帽子を売ったんだよ、この間」と、この間ワードを2度も挟んで報告をするビックボイスのチカ。
「すごいねえ、チカちゃん!!接客も出来るようになったんだ!」と大絶賛のテクノ。
さらに大きな舌打ちで対抗する器の小さな私。
「すごくないよ。たまたま、お客さんが買ってくれただけ」と謙遜するチカちゃん。
「チカちゃん、笑顔が可愛いから。だってな、チカちゃんの笑顔はヒマワリや!」とテクノ。
はにかむチカちゃんの姿は、ヒマワリと言うより、ヒマワリの種に似ていると思った私。

かすみ草じゃないで。ヒマワリや、チカちゃんはヒマワリや!!」と興奮するテクノ。
「そんなん言われたら、恥ずかしくて、目が…かすみそう
まさかのダジャレに、私は素早く小説を閉じた。
こいつら、おもしれーじゃねーか!!!

チカちゃんが放った渾身のダジャレを、テクノは完全なスルー対応で、私のハートは鷲掴みにされた。ローカル線での胸キュンどころではない、乱暴に鷲掴みにされたような衝撃。気付いた時には、身体の向きも2人に向いていて、まさしくドリカム状態。

唐突に。
本当に、唐突に。私の心の準備の許可さえも取らずに、テクノがチカちゃんに結婚を申し込んだ。
「チカちゃん、結婚しようや」
「いきなりやなあ…」
チカちゃんは困ったように笑ったけれど、思い当たる節があったのか、少し余裕があるようにも見えた。
その点、余裕がなかったのは、この私。
何の脈略もなく、テクノがチカちゃんにプロポーズを始めたので、頭が軽くパニックに。
テクノ、せめて2人っきりの時にプロポーズしろや…。

「でもな、お金の事とかあるし…」と堅実なチカちゃん。
どうやらテクノは日払いで給料を貰っているらしい。
何の仕事か知らないけれど、日給が5000円だと言っていた。
そして、おもむろにチカちゃんがピンクのビーズでデコレーションされたパー子モデルの電卓を取り出した。
「2人でやっていけるか計算してみようや」

「私が時給750円で、1日6時間。月に20回として…」
「俺は日給5000円で、月に20回だと、いくらになる?」
「ちょっと待ってえな。750×6×20+5000×20=190万や!!
テクノやチカちゃんよりも、無関係の私が驚く。

「すごいやん、そのくらいあれば、やっていけるよ」
「すごいなあ。念のため、もう一回、計算してみる」
モサップル…、足し算は最後にしないといけないって知らないのだろうか?

「750×6×20は、9万やろ+5000で95000円 で、×20だと、やっぱり190万や!!」
「すごいな、チカちゃん。1+1が3にも4にもなるんや

なんねーよ!!!
教えてあげた方が良いだろうか?
一瞬、そうも思ったけれど、きっと、どちらかの親は気付いてくれると思い(思いたい)、私は身体の向きを真正面に戻し、小説の世界に浸りなおす事にした。

何度も読んでいるから、この小説の中は思っている通りに話が進んでくれる。
やっぱり、安心する。このローカル線の方が。
次々と真横から聞こえてくる、家を建てる計画や、子供は9人で野球チームを作る計画を無視していたら、小説の中のローカル線は西宮北口駅で、折り返し運転を迎えた。

そろそろ帰ろうかな?
時間を確認するために、バッグの中からスマホを取り出そうと、身体をチカちゃんの方に向けると、チカちゃんがテクノの手をしっかりと握って泣いていた。何、この急展開…。
「嬉しい、チカ、嬉しい」
鷲掴みにされてから数分、ローカル線のように、このカップルも私の胸をキュンとさせてくれるとは思いもよらなかった。
そうか、嬉しいのか…。
19万でも充分やっていけるから、幸せになれよ…。

「本当に嬉しいのよお~」
そう言って、顔を上げたチカちゃんの口の中は、ココアで真っ黒になっていて、ビバ☆お歯黒状態。
あらあら、ラブコメの後はホラー??
これもまたあまりに突然の出来事で、他人の私はパニックになりかけたけれど、愛があれば、そんな事、どうでもいいのかもしれない。チカちゃんの頭を、テクノがそっと撫でて、俺も嬉しいよ…と呟いた。

次の瞬間、私が見ている目の前で、いきなりの接吻。
しかも、悩殺のディープキッス。
舌とか器用に出し入れしているし……。

ううう。なんだろ、この感覚。私の目が……かすみそう。
かすみ2

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*

次のHTML タグと属性が使えます: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>