甥の冬休み<後>

11歳の甥とホテルに泊まった翌朝、目覚まし時計が6時に鳴った。
「なんで、こんな朝早くにセットしたの?9時くらいで良いのに」
不機嫌な私の主張に耳を傾けることなく、甥はクマムシのネタの「あったかいんだからぁ~」を歌っている。「あったかいんだからぁ~」の「ったかい」の部分ばかりを何度も繰り返し、「ここがもっとうまくなりたい」と毅然とした口調で言い放った。その向上心、他に使えないのかよ…。

「おんちゃんは、もう少し寝たいから、ほら、これで練習しときな」
枕元に置いていたスマホを渡すと、さっそく動画サイトでクマムシを再生し、「ったかい」の部分を練習し始めた。その声は、だんだん大きくなる。
ダメだ、こんな状態じゃ眠れん。諦めた私も「ったかい」の練習に参加し、気付けば朝8時。二人同時に狭いバスタブの中でシャワーを浴び、近くのベーカリーカフェで朝食。
「朝から、カレーパン2つとココアってすごくない?おんちゃん、朝からカレーパンなんて無理」
「だって、どうしてもカレーが食べたくて」
「昨日の夜、食っただろ」
「そっか。だから!夢にもカレーが出てきて、起きた時から口の中がカレーだった」
「歯磨きしないで寝たからね」

カフェの後は映画館でベイマックス。
「おんちゃんって、ベイマックスっぽいよね」
ベイ
無邪気に笑う甥に対し、どういうこと?こんなにフワフワしていないだろ?空気で膨らまねーよ!など、本気で責めたい気持ちが芽生えたものの、そこは大人の対応で華麗にスルーし、映画館を出た。
「映画館の半券でUFOキャッチャーが1回無料で出来ますよ!」
甘い誘惑にまんまと引っかかり、近くのゲーセンへ。自分の半券と甥の半券、合計2枚で挑んだのはワンピースのフィギュア。
こんな大きな箱、無謀だろ…。お菓子とか掴みやすそうなものにすれば良いのに…。
しかし、甥は頑なに譲らず、2回とも果敢にワンピースに挑み、あえなく撃沈。
箱が動きもしなければ、私も甥も潔く諦めたのかもしれないが、もう少しで落ちそうな所まで動いてしまったから厄介で、両替に走ること数回、合計3500円を使い、ようやくゲット。なんだろ、3500円も使うとゲットできても嬉しくないね…。

お昼はセルフの、うどん屋で。
うどんを食べ終わると、おもむろにDSを広げ、遊び始める甥。
「ここ、ゆっくりできる場所じゃないから、カフェに移動しよ」
私の実家の、それはそれはびっくりするような田舎では、セルフのうどん屋で食べ終わっても、のんびり遊べる雰囲気が漂っているらしい。忙しい東京では考えられない光景だ。
分煙のカフェに移動し、私は喫煙スペースで一服。甥を喫煙スペースから目の届く禁煙エリアに座らせ、しばしの休息。世の親たちは、ただ一服したいだけでも、このような配慮が必要になるのだろう。私が父親になる日は来ないと悟った瞬間だ。

少しゆっくりしてから、今度はルミネtheよしもとに移動。
私が知っている芸人を甥は知らず、甥が知っている芸人を私は知らず、妙な世代間ギャップがあるため、笑う箇所が違う。何一つ面白くないネタで甥は笑い、私が笑う横で甥は能面になっていた。唯一、二人で笑った箇所があるとすれば、それは甥が若手芸人からいじられた時で(平日の昼間から観に来るなんて)「きみ、ニート?」と言われ喜んでいた。70分のライブは、あっと言う間で、終わると外は暗くなっていた。

「ホテルまで歩く?それとも電車に乗る?」
「歩くと何分?」
「15分。電車だと1分だけど、電車に乗るまで5~6分。降りてから5分だから、そんなに変わらないけど」
「じゃあ歩く。Suicaの残金が減っちゃうから」
昨日、甥に欲しいものはないか?と聞いたら、Suicaと答え、作ってあげたSuicaを財布よりも大切にしている。何が欲しいのか?なんて本当に分からない年頃になった。少し前までは、おもちゃを与えれば充分で、それより少し前はゲームのカードで喜び、もっと前になるとお菓子で満足していた。今や菓子では笑顔もくれない。

疲れていた私はホテルまでの最短距離を選んだ。この周辺には何年も住んでおり、歌舞伎町界隈の裏道や、建物の中を抜ける道まで把握している。子連れで歩くと異質な光景に見える夜の歌舞伎町を闊歩していると、甥がいきなり大声を上げた。
あ!すげえ~!!ホスト!!
ぎょっとして視線を落とすと、指まで差している。
「やめろ」
「だって、生でホストを見るなんて初めてだから」
「この道はホストが多い道だし、時間的にももっと出てくるよ。いちいち反応していたらキリがない」
「じゃあ、キャバ嬢は?」
「キャバ嬢が多いのは一本隣の道」

ホテルに戻って1時間ほど横になり、最後の晩餐は甥のリクエストで焼肉へ。
韓国系の焼肉店が多いエリアなので、それなら困ることがないと思いきや、「七輪で焼くところ」と無駄なリクエストが付け加えられ、仕方なくホテルの近くのチェーン店へ。
「二人で焼肉ってのも微妙だから、おんちゃんの友達を呼んでも良い?」
「うん、いいよ。酒グセが悪くない人にしてね
「他に条件は?」
「タバコを吸わない。うるさくない。勝手に肉を焼かない。食べ物を口に入れたまま喋らない」
何この条件の数々…。看護師求人比較ランキングのサイトみたく希望の項目にチェックを入れるだけで該当案件が出てくるわけじゃないんだけど…。そもそも私の友達の大半は酒グセが悪く、タバコは吸い、やたらとうるさく、肉を勝手に焼き、食べ物を口に入れたまま喋るような人間だ。
「…二人で食べよう」
カルビ
カルビ、ソフトカルビ、上カルビ、角切りカルビ。
七輪の網の上を占拠する、形を変えただけのカルビの群れに胸焼けを感じながら、夕飯は終了。翌日の昼に、東京にいる知人に連れられて、甥は東北の僻地へと帰って行った。

「もしもし、おんちゃん、今着いた。楽しかったから、今度は春休みに行くよ」
弾けるような甥の声に、蓄積していたはずの私の疲労が少し回復した。
「うん、春休みにおいで。弟たちも連れて」

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