甥の冬休み<前>

私には3人の甥がいる。上から11歳、9歳、6歳。何の因果か全て男だ。

長男にあたる11歳の甥が新年早々、東京へとやって来たのは、昨年の春、東京へと引っ越してしまった友達と遊ぶためだ。
その友達と、彼の両親は、もともと東京の人だったが、仕事の関係で、長いこと私の地元で暮らしていた。それが突如、東京へと戻ることになり、11歳の甥は一番仲の良かった友達と離れることを余儀なくされた。
それから3ヶ月が経った夏休み、東京へと引っ越してしまった友達家族が、我が家へと泊まりに来たらしい。楽しい時間は瞬く間に過ぎ、今度は冬に会おうと約束をした。それから4ヶ月が経った冬休み、その一家は再び雪が積もる東北の僻地へと泊まりに来た。

「私たち、高速が渋滞する前に帰りたくて、1月1日に東京へと戻ろうと思うの」
その友達の母親が言うと、11歳の甥が続けた。
「この車、5人乗りでしょ。あと1人乗れるから、俺も東京へ連れてってくれない?」
甥の父親である私の弟が窘めた。
「お前、東京に行っても泊まるところがないだろ」
甥は平然と答える。
「おんちゃんの所に泊まるから大丈夫」
おんちゃんとは誰のことでもない、この私だ。その私に何の許可もなく、大丈夫と言い切る甥も甥だが、その手があったな、と安易に行かせてしまう弟も弟だ。

「ダメダメ。おんちゃん、今、タイにいるから無理」
私の拒否に甥は動揺しなかった。
「いつ帰って来るの?それまでは、友達の家に泊まっているから、日本に着いたら教えて」
そうして私は、1月5日の朝10時、新宿駅まで甥を迎えに行くことになる。

合流した甥は、疲れ果てた顔をしていた。
「やっぱりね、人の家は気を遣うよ」
大きなリュックと大きなスポーツバッグには1週間分の着替えや宿題が入っているらしい。甥の肩からスポーツバッグを取り上げ、自分の肩に掛けると、見た目以上の重さが身体にのしかかった。
「おんちゃんの家は狭いから、近くのホテルで良い?」
「うん。お金、2万5千円しかないけど、それで泊まれる?」
「おんちゃんが払うよ。おんちゃんも一緒に泊まるから」
狭いからではない。旅行から戻ったばかりで散らかっているわけでもない。ただ、家に入れたくないだけだ。間違いなく散らかされ、間違いなく汚され、間違いなく騒がれ、間違いなく何かを破損する。この子は、そういう子だ。

ホテルのロビーに座り、しばらく使わなそうな宿題やらパジャマやらをリュックからスポーツバッグに移し替える。なるべくリュックは軽くさせておきたい。フロントに荷物を預け、いざ東京ジョイポリスへ。
「ちょっとコンビニ寄りたい」
「一人で平気?おんちゃん、外でタバコ吸ってるから」
「うん、すぐ戻る」
甥は勢い良くコンビニに入り、3分もせずに手ぶらで戻って来た。
「何も買わなかったの?」
「ううん、リュックに入れた」
どうせ、飴とかグミとか、その程度の物だと思い、気にもしていなかったが、その10分後、りんかい線の電車の中で、リュックから2リットルのアクエリアスが姿を見せ、私を不意に絶叫させた。
「え?待って、何これ?」
「アクエリだよ」
「そんなの見りゃ分かるよ。なんで、でかいの買った?」
「いっぱい飲めるから。500mよりお得だし」
「そうだけど、重いだろ」
「うん、おんちゃん持てるよね?大人だから」
「持てない!!こんなの持って歩いているの、外国人のバックパッカーぐらいだろ
せっかくリュックを軽くしたのに…と、私がクドクドと小言を始めても甥は一貫して無視を決め込み、電車の窓から外を眺めていた。
「おんちゃん、そろそろ到着するみたいだよ」

1月5日のジョイポリスは、さほど混雑しておらず人気のアトラクションでも30分待ち程度だった。
疲れ果てた顔をしながらでも全力で遊ぶ11歳に、7時間近く振り回され、夜は私が足繁く通うネパール料理店へと行った。
「あけましておめでとう~」
ネパール人店員は、私が子供を連れて登場したことに驚き、興味津々の眼差しを向けた。ホールのネパール人だけではなく、厨房スタッフも次々と顔を出しては、本国の言葉で色々と詮索している様子だった。
「彼は弟の子供。11歳。冬休みを利用して東北から来た」
「オゥ~、オトウトノ コドモネ~。11サイ。フユヤスミデ トウホクカラ キタノネ~」
ネパール人は私の言葉を繰り返し、安堵の表情を見せた。
誘拐したとでも思っていたのだろうか。

「パパド?どうやって食べるの?」
「ネパールの人はカレーが好きなの?」
「ネパールは、どこにある国なの?」
「ナンの材料は?」
「ラッシーと飲むヨーグルトは違うの?」
矢継ぎ早に質問をする甥に、何故か気を良くしたネパール人からドリンクのサービス。
「ハジメテノ ネパールカレー オイシカッタ デスカ?」
ネパール人の問いかけに笑顔で頷く甥。
「すごく美味しかったです。でも、もっとカレーの具を大きくすると、もっと美味しくなると思う
「余計なこと言うな、お前。ごちそうさまでした。ドリンク、ありがとうございます」

顔よりも大きいナン、食べたことのない料理、見たこともないネパール人。
あらゆることに興奮した甥を連れて、夜9時半にホテルへ到着。甥は服を脱ぎ散らかすと、シャワーも浴びずにシーツに包まり、1分もしないうちに静かな寝息を立て始めた。

無垢な寝顔に思わず笑みがこぼれてしまい、私もベッドに潜り込む。夜9時45分消灯。
まさか翌朝6時に目覚まし時計が鳴るとも知らずに。

パパド

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