おかあさん悲しくなっちゃう

トントントントン、ザクザクザクザク。
義妹にあたるアサちゃんが手際良く野菜を切っている。我が家では夕飯にわりと大量の野菜を食べる。
父と母、弟とアサちゃん、そして3人の甥たちで合計7人家族の風間家。そこに帰省をした私が加わると、アサちゃんは8人分の食事を用意しなければならない。切っても切っても、野菜はまだまだ、まな板の上に転がっていた。

そのすぐ近くで、私は小5の甥と小3の甥と3人で「さいころトーク」をしていた。
まず最初に小5の甥が、さいころを投げる。「へこんだ話」と書かれた面が上になった。

「へこんだ話?う~ん、う~ん、う~ん、ない!」
そう言うと思った。
この子は決して落ち込んだり嘆いたりするタイプではない。
強烈なほど我が道を進み、悪く言えば相当な自己中で、例えば夕飯に刺身の盛り合わせが出ようものなら、たった5切れしかない大トロを、誰の許可も得ずに、全てを真っ先に自分の皿へと移してしまう人間だ。それを彼の父親である私の弟から咎められようと、その大トロを戻すことなく猛スピードで口へと葬る。そして大トロで満たした口の中に、醤油差しから直に醤油を流し込み、こっぴどく叱られている最中に飲み込んでしまう。そんな奴に、このテーマのトークなど無理だろう。
しかし、黙られてしまっては、さいころトークが進まない。
「ちょっとでもいいよ。ちょっとくらい、へこんだことあるだろ?」
私が「ちょっと」を強調しながら話を促すと、ようやく彼は口を動かし始めた。

「ほんのちょっとでいい?めっちゃ、ちょっとだけど」
私と小3の甥は頷いた。
「学校のほとんどの人に、おまえなんか転校してしまえ!って言われたこと」

ギャ━━━━━━Σヾ(゚Д゚)ノ━━━━━━ !!!!
結構、ヘビーじゃない?
それなのに、ほんのちょっと??私なら立ち直れん。

トントントン、ザクザクザク。
野菜を切る包丁の音が止まった。
「ねえ、そんなこと言われたの?」
アサちゃんが振り返ると、小5の甥は平然と頷いた。
「うん、言われたね。同じ学年だと、ほぼ全員から」
「そうなの?いつ?」
「別に、いつってわけじゃなくて、しょっちゅう」
アサちゃんは包丁を置き、真顔で尋ねた。
「なんで?どうして、そんなひどいことを言われたの?」
「わかんない。サッカーボールを奪い取った時とか、掃除の時間に雑巾で人の顔を拭いた時とか…あと」
「もういい。言うな!」
アサちゃんは身体をまな板に向け、再び包丁を握った。
「あんたが人に嫌われるようなことをするからでしょ。おかあさん、悲しくなっちゃう
そう言って溜め息を吐くと、さっきより乱暴に音を立てて野菜を切り刻み始めた。
小5の甥は、母親の悲しみに構うことなく、さいころを小3の甥に手渡すと、今度は「びっくりした話」と書かれた面が上に出た。

「びっくりした話かぁ~」
小3の甥は、腕組みをしながら考えている。
この子は明るい性格とは裏腹に繊細な部分を持っており、学校では誰からも好かれている。小5の甥のように、誰かと喧嘩をしたこともなければ、友達を泣かせたことも、先生に叱られたこともない。だからこそ、学校生活にストレスを感じるようで、家に帰るとポテトチップスを食べながら「こんちきしょう、こんちきしょう」と呟いている。
「この間、こいつが」
小3の甥は、そう言いながら小5の兄を指さした。
「こいつが、6年生と喧嘩をしたんだよ」
「そうなの?」
私が小5の甥に尋ねると、うん、と頷き洋服の袖をまくった。
「うわ、すごいね、腕の怪我。これ、結構な量の血が出たんじゃない?」
それにも小5は、うん、と軽く頷いた。
「この時、俺も近くにいたんだよ」
小3の甥が話を続けた。
「その時、俺、やめろ!相手は6年生だからやられるぞ!って心の中で叫んだんだ
心の中━(-д-;)━って…

トントン、ザクザク。
また包丁の音が止まり、アサちゃんが振り返った。
「あんたさ、お兄ちゃんがやられそうになっているのに、心の中でしか叫ばなかったの?」
小3の甥は平然と答えた。
「怪我をしていたのは分かったけど、俺もやられちゃうかもしれないじゃん。痛いよ、殴られたら。それに」
「もういい!情けない。おかあさん、悲しくなっちゃう!
アサちゃんは再び溜め息を吐くと、さらに乱暴な音を立てて野菜を切り刻んだ。

「次、おんちゃんの番!何が出るかな?恋バナだったらパスで良いよ。独身の寂しい生活だろうから」
小5の甥にさいころを手渡された時、リビングのドアが開いた。
「ただいま~~」
立っていたのは、幼稚園児の甥。飼っている犬の散歩へと行き5分も経たないうちに帰って来た。
「おかえり、あれ?レオンは?」
私の問いに幼稚園児は答えた。
「置いてきた」
「どこに?なんで?」
「隣のお家の前に。だってえ~、知らない人が話しかけて来たんだもん」

トン、ザク。
アサちゃんの手が止まった。
「知らない人に話しかけられたの?なんて?怖い!まだいる?」
アサちゃんは包丁を置くと、慌ててキッチンの窓を開けた。
幼稚園児は、キッチンへと走り、窓の向こうを指さした。
「ほら、あの人。レオンの散歩?って聞かれた」
小さな指の先を見て、アサちゃんは今までで一番大きな溜め息を吐いた。
「ねえ、あんた本気?あの人、隣の家のおばあちゃんでしょ。毎日、会う人なのにどうして顔を覚られないの?来年、小学生になるのに、このままじゃヤバイよ。おかあさん、悲しくなっちゃう

甥たちと一緒になって窓の外を見ると、たしかに飼い犬のレオンを抱き、隣の家のおばあさんが立っていた。
「俺、行って来る!」
小5が走り出す。
「俺も行く」
小3が後を追う。
「じゃあ、俺、さいころ振る」
幼稚園児は私の手から奪ったさいころを振った。

「ねえ、これ何て読むの?漢字読めない」
幼稚園児は、さいころの上の面を動かさないように用心深く両手で抱え、アサちゃんまで持って来た。
水色の面に書かれたいた「悲しい話」の文字を見て、アサちゃんはまた溜め息を吐いた。

サイコロ

ある意味、当たり!!

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