ニサヤさんとミサさん

「私はタモリと同い年」が口癖のミサさんは、自営業を営む風間家で働く従業員さん。
私が小6の時から働いている人で、いつでも明るくて元気だ。たぶん、いや絶対、それだけが取り柄。
ミサさんと話していると、性格さえ明るければそれだけで他には何もいらないような気がしてくる。
今でも風間家で働いているため、帰省をする度に会い、他愛もない話をする。衰えを感じさせない「腐ったヒマワリ(命名・母エミコ)」感が全身から溢れている。

この腐ったヒマワリこと、ミサさんの旦那がニサヤさん。
本名は、フミナリさんと言うが、漢字で「二三也」と書くため、当時小6だった私や、小4だった弟は、わざとニサヤと読み続け、それが現在まで続いている。ヒマワリのようなミサさんとは違い、寡黙で愛想も悪いから苦手に感じる人も多いらしい。

ニサヤさんは、ミサさんの10歳年上で、昨年から少し痴呆気味と言うか、普段の言動はしっかりしているものの、まれに自分自身で取っている行動が分からなくなるらしい。私も、若くしてその気配が感じられるので、大した話ではないと思って聞いていたのだが、例えば、台風が来ている最中に「ちょっとトイレに行って来る」と茶の間を出て数分後、ミサさん宅の電話が鳴る。
「ミサさん?台風の中、フミナリさんが畑の方に行ったよ」
近所の人からの電話を受け、ミサさんが慌ててトイレを確認し、「やべえ、いない!」と、雨合羽を羽織り、台風の中を追いかけたこともあるそうだ。

先日、夜の遅い時間に、母・エミコから「オマエ、聞いて驚くなよ。フミナリさんが行方不明になった」と電話があった。驚くなよ、と念を押されても驚いた私は、母の次の言葉を黙って待った。

「警察やら消防団やら近所の人やら親戚やら、とにかく全員で捜しているけれど、まだ見つからないの」
少なからず私も動揺した。軽いケガ程度なら幾つしていても構わないから、どうか早く無事に見つかって欲しい…。
心から願った翌朝、母からの電話で、ニサヤさんが遺体で見つかった、と知った。

笑ってばかりのミサさんとは対照的な人で、めったに笑顔も見せなかったけれど、私は嫌いでも苦手でもなかった。
そして、死者が蘇ることのない今となっては、ミサさんが心配だ。
しかし、ミサさんは夫の死だけではなく、別の事でも苦しめられることになる。

行方が分からなくなった日、ミサさんとニサヤさんは共に、山のふもとにある畑まで行っていたらしい。日常的に痴呆の症状が出るわけではないので、ニサヤさんも畑仕事を行い、いつものように一つの、けれども広い畑で、別々の野菜を収穫し、ほんのちょっと、ミサさんが目を離した隙に、ニサヤさんの姿が見えなくなってしまったと言う。
慌てたミサさんは周囲を探し、それでも見つからないので、自宅へ戻って近所の人に助けを求めた。

新聞や地元のニュースでは、痴呆の老人が一人で山へと行き、河辺で亡くなった、と報道をしており、多くの人が「どうして痴呆の人間を一人で危ない場所に行かせたんだ」と、ミサさんを責めた。特に、ニサヤさん側の親族が強くミサさんを責めた。毎日おかしい症状があるわけでもなければ、そもそも1人で山へと行かせたわけでもないのに…。一緒に畑に行った事、ちょっとだけ目を離した隙だった事、痴呆の症状は1週間に1度あるかないかという事、そういう詳細が報道されることはなかった。端的に短い時間で、広範囲の人にニュースを伝えるためには、仕方のないことだろう。

私が母や父から聞いた話は、ここまでだった。
その後、私は、弟の奥さんで義妹にあたるアサちゃんから、ある意味、衝撃的な話を聞いた。

ニサヤさんが行方不明になった日の夜、ミサさんは風間家にも助けを求め、父と弟が血相を変えて家を飛び出し捜索に向かったらしい。ふと、アサちゃんが私の母・エミコの姿が見当たらない事に気付き、携帯に電話を掛けたそうだ。
「もしもし、お義母さん?大変です。フミナリさんが行方不明になったそうなんです」
「え?ちょっと待って!今、五月みどりのショーを観に来ているから、終わったら電話する

みどりのショーが終わった後に、母からアサちゃんへと折り返しの電話があった。
「もしもし?どう?まだ見つからないの?無事だと良いんだけど…。私?今から、小沢さんたちとホテルでディナーを食べるから、帰ったらゆっくり話を聞くわ」
ディナーでワインまで飲んだらしく、隣家の小沢さんが運転をする車で帰って来た母は、玄関先でアサちゃんの車に乗り換え、ミサさんの家へと向かった。そして到着早々、母はミサさんに向かって言った。
「大変な事になったね。ところで、今さっきまで、五月みどりのショーに行って来たんだけど、パンフレット、見る?
ミサさんは間髪入れずに答えた。
「どれどれ、見せて」

エーーーーーーーΣ(゚д゚lll)!!!!
アサちゃんが驚きのあまりに絶句をしている事など、二人は気にも留めず、次々とページをめくっては、どの衣装が一番素敵か?どうすればこんなに若く綺麗でいられるのか?を話していたらしい。
裏表紙まで舐め回すように見ていると、ニサヤさん側の親族が到着し、その瞬間に母が「来た!隠せっ」と小さく、けれども勢いのある声で言い、パンフレットをアサちゃんに放り投げ、神妙な面持ちを咄嗟に作ったらしい。

この時は、まさか亡くなるなんて思わなかったのだと思う(思いたい)。

亡くなった日と、それから3日間くらいは、ミサさんも元気がなかったそうだが、今ではすっかり普段の明るく笑い上戸なミサさんに戻っている。
ヒマワリ

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