何の問題もないだろ

「出たのよ」
電話の向こうで母が言った。
「何?幽霊?」
「死んだ人間ならまだいいわ。生きているから厄介なの」

話は、今年のお盆より少し前になる。
いとこのナオコから私にメールが来た。
「お盆に岩手に帰るんだけど、一緒に行かない?」
答えは、もちNo!!まっぴらごめんだ。
そもそも、ナオコは生まれも育ちも横浜で「岩手に帰る」という表現はどうかと思う。しかも、ナオコが大好きな父親も一緒で、私はその伯父のことが好きではない。
「今年は忙しいから帰らないんだ。ごめんね」
手短に返信を済ませ、実家に電話をすると、父が驚いた。
「え?お盆に来るって言ってたのか?聞いてないな~」

父は、実兄である叔父のことを決して嫌ってはいないが、その娘のナオコのことは快く思っておらず、間違っても嬉しそうには聞こえない声を出した。
そして、今年のお盆の予定を私に伝えた。

私には小5、小3、そして幼稚園の年長の3人の甥がいるが、小5の長男の親友が今年のゴールデンウィークに、東京へと引っ越してしまった。もともと奥さんも旦那さんも東京の人で、5年前くらいに仕事の都合で家族揃って岩手の田舎にやって来た。

春には満開の桜があちこちで咲き乱れ、夏には多くの蛍が夜を彩る。
秋になると黄金色の稲穂が一面を覆い、冬は経験したことのない雪景色になる。

不便だけど自然あふれる田舎での暮らしを彼ら家族は満喫し、5年も居ると、まるで最初からここに住んでいたかのように、全員がキレイに訛り、完全にこの田舎に溶け込んでいた。
突然、東京に戻ることが決まり、それは我が家にも大きな衝撃となった。
小5の長男にとって、親友との別れは初めての経験だったし、義妹にとっても一番仲の良いママ友と離れることは辛く寂しいものだった。ちょうどゴールデンウィーク中に帰省をしていた私は、彼ら家族とのお別れの後、目を真っ赤に腫らして帰って来た甥や義妹を見ている。お互いがかけがえのない存在だからこそ、その別れを受け入れることができず、自宅に戻ってからも、しばらくは泣いていた。

そんな彼らが今年のお盆、我が家へ遊びに来ることになった。
彼ら家族は我が家に泊まる。甥も義妹のアサちゃんも、これ以上ないほど楽しみにしており、弟や両親も彼ら家族が来ることを、そして甥が再び親友と笑い合うことを楽しみにしていた。

「だから無理だ」
父は私に言った。
「そんな状況の中で、ナオコや兄貴がいると、アサちゃんだって気が休まらないだろうし、みんなで出掛けたりもしたいだろう。兄貴から連絡が来たら、俺から伝えておくから、もしナオコから聞かれたら、お前もそう答えてくれ」
父はそう言って、電話を切った。

その翌日、今度は母から電話が来た。
「何の問題もないだろ?だって」
母は、いつも前後のアレコレを省略して、いきなり見当もつかない言葉を発する。
「何が?」
「昨日、伯父さんから電話が4回もあったの。一日で4回よ。どうかしてるんじゃないの」
「ああ。お盆に行くって?でも、お父さんが断るって言ってたけど」
母は大きく溜め息を吐いた。
「断ったのよ、お父さんが。アンタも聞いてるでしょ。東京から孫の友達が来るって。それを言ったのよ。そしたら、どこか他のところに泊まってもらえばいいじゃないか、だって。だったら、オマエたちが他に泊まれって話よ。孫たちやアサちゃんが楽しみにしているって言うのに、その人たちを断って、誰も楽しみにしていないオマエたちを泊めろってか?図々しい」
「それでどうなったの?」
「一回、引き下がったの。それから、3回ね、電話。ナオコがもう予定を空けちゃっているからって。ナオコなんて働いてもいないし、予定なんていつでも空いているくせに、知らねえっつーの。それでも断ったのよ。ゴールデンウィークから約束しているしって」

それでも伯父は「一緒でもいいよ」「ナオコが行きたがっているから」などと、何度も主張を重ねたらしく、挙げ句の果てには「俺の家なのに、俺がいつ帰ろうと勝手だろ」とまで言い出し、父も母も、その往生際の悪さに辟易としたらしい。

「結局よ。その家族と一緒になったところで、何の問題もないだろ?って言いやがるの。信じられない」
伯父やナオコは、我が家を食べ放題・飲み放題の宿泊施設のような感覚で利用する。交通費さえ払えば、他にお金は一円たりとも掛からず、酒だって何杯も飲むし、「夜はマグロが食べたい」「私はアワビかな」などと平気で口にする。もちろん、店の手伝いをすることもなければ、甥たちの面倒も見ない。しかも、子供たちを学校へ送り出す慌ただしい朝の時間に「アサちゃん、朝食、これだけか?なんだよ~、ハムエッグか何か卵料理も出してくれよ~。ナオコも食べるだろ?じゃ、2人分を大至急で」と注文さえ付ける。伯父と二人だけで特別メニューを平らげたナオコは、食器も片付けず、横になってテレビを観ながら「アサちゃん、手が空いたらで良いからコーヒーもお願い」などと、まるで女中のように扱う。

「コーヒーくらい自分で淹れなさい。どうせ淹れるなら私の分もね
自分で淹れないエミコに怒鳴られ、ようやく重い腰を上げる女と、「ナオコにやらせるなよ~。ここの家のことは分からないんだから~」と庇う男が来たところで、歓迎されるわけがない。
※ちなみに歯ブラシも寝巻きも持って来ません。身一つでのご宿泊です。

「たしかに兄貴が生まれて育った家だけど、今、この家には当時とは違う家族の時間がある。その中心は俺ではなく孫たちなんだ。だから今回は申し訳ないけれど遠慮してくれ」
父が丁寧に、でも毅然に断り、伯父とナオコはお盆に来ることを諦めた。

「それで昨日、出たのよ」
電話の向こうで母が言った。
「だから、何が?幽霊?」
「だ~か~ら、死んだ人間ならまだいいって言ってるでしょ。伯父さんとナオコが来たの」
「岩手に?誰にも連絡せずに?都合も聞かないで?」
「そうよ。サプライズとか言っちゃってさ。何の問題もないだろ?だって。だから、私とアサちゃんで、今から泊まりで温泉に行ってくる。予定も聞かないで来る方が悪いんだから」
「そんなことして大丈夫なの?」
「何の問題もないだろ?」

岩手さん

どいつもこいつも問題だらけ。

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