ダメ。ゼッタイ。

相次ぐ脱法ドラッグの事件を受けて、警察庁が公募をしていた新呼称を発表したのは今から1ヶ月前の7月22日になる。
覚せい剤や大麻などと似た幻覚・興奮作用がある薬物にも関わらず「脱法」という表現を用いていることで、危険性を誤認させる恐れがあるため、脱法ドラッグから危険ドラッグに名称が変わった。

「こんなんじゃ何も変わらないと思うのは私だけかしらねえ~」
母がそう呟くと、父や弟、義妹は一瞬だけ興味がなさそうな視線を母に向け、再び話を続けた。
熊が出るような田舎町に暮らす家族にとって、脱法ドラッグの話題は、何か遠い世界で起こっているような非現実的な事柄に過ぎず、そんなことよりも地域で開催される盆踊りへの寄付金や、子供たちが夏休みの間に交代制で行われているラジオ体操の当番についての方が大きな問題となっている。少なくとも我が家では。

「寄付金なんだけど、出すのがどうのこうのじゃなくて、ウチもそうだけど、あそこの酒屋さんにも出してもらうのに、盆踊りで販売するビールやジュースをイオンで買うのは、おかしいと思う。いくら安いからって、それじゃ何のために地域で盆踊りをするのか分からないじゃないか」
弟は、ウチや近所の酒屋に、盆踊りの寄付金を募るくせに、寄付した商店で盆踊りの物品を買おうとしない町内会に憤っている。
「それはそうだ。地域の繋がりや活性化が目的って言いながら、寄付金を集めるだけ集めて、隣町のイオンで買うんじゃおかしいだろ。ただ、それを言うと、自分のところの売上にしたいだけだろって言われるんだよな」
父も、弟の意見に同意しながら、厄介な問題に頭を悩ませている。

「あの~、話を蒸し返すようで悪いんですけど、ウチが自営業だからって、ウチだけラジオ体操の当番が多いのは不平等だと思うんです。会社員の方だって忙しいのは分かるんですけど、そこのところを、お義母さんから町内会の方に、もう一度、言ってもらえますか?」
義妹はラジオ体操の当番が、我が家だけ他のウチより2回多いことが気に入らないらしい。

「前に、オレオレ詐欺も公募して母さん助けて詐欺って名称に変更したでしょ。私、あれもあれでダサいと思うのよね~」
結局、母は話を聞いていない。これなら、母さん助けて詐欺に引っかかるどころか、私が本当に救いを求めたところでアテになりそうもない。現に、義妹からの救いは見事に無視した。
「聞いてるのか、俺の話」
弟が母に言う。
「そうですよ、お義母さん、聞いてますか、私の話」
義妹も母に詰め寄る。
「何よ、アンタたちだって聞いていないじゃないの。まずは、脱法ドラッグの話から片付けましょ。一つずつ片付けていかないと会話が散らばったままよ」
散らかしている張本人が、こんな調子だから、我が家は一旦、母に折れる。昔からの光景だ。

「それで?危険ドラッグの何が不満なの?」
弟がさっさと片付けようと、本題から入る。
「だから、私が思うには、脱法だろうと違法だろうと危険だろうと、ドラッグって言葉自体がダメだと思うの。覚せい剤も麻薬も一緒よ。結局さ、悪いことをやっていますって感じがダメだと思うの
「そうですね」
義妹も、さっさと片付けようと異議を唱えない。
「そこでだ。私が考えた新呼称なんだけど、チャバネゴキブリの糞(クソ)って、どう?
母は続ける。
「チャバネゴキブリの糞なんて聞くと、間違っても手を出そうとは思わないでしょ。チャバネゴキブリの糞を隠し持っていた!なんて、みっともないったらありゃしない。その行為がいかに悪いか?じゃなくて、いかに不潔で汚らしいことか?って思わせた方が良いと思うのよね。それでも使用して死んでしまったら、それこそゴキブリころり、みたいなもんでしょ。いい笑いモノで家族だって恥の上塗りよ。ああいう奴らは、悪いって思われることに対して一種の優越感を感じるけど、笑われたり、舐められることに対しては尋常じゃないほど過敏なんだから」
母は本気で、危険ドラッグをチャバネゴキブリの糞と呼ばせたいらしい。しかし、新呼称の公募は締め切っているし、応募したところで、採用されることはない。

「さすが、いいアイデアだ!」
「やっぱり、お義母さんは違いますね」
「他の人には思いつかないよ」

3人が大袈裟に褒め称えると、母は気を良くして、電話を片手に取った。
「もしもし、町内会長さん?今年の盆踊りだけど、ウチでは現金じゃなくてジュースを寄付するわ。あそこの酒屋さんにはビールを寄付してもらう。買う手間も省けていいでしょ。あとラジオ体操の当番だけど、ウチは4回なのに、ご夫婦で会社員の家庭は2回なんて不平等じゃない?朝が忙しいのはウチも同じよ。そしたら、その2回は朝のラジオ体操を各家庭でしましょ。人手がいないのに、わざわざ公民館に集まることないでしょ。はーい、よろしくお願いしまーす」

「よく言えたな、あの町内会長、イヤミったらしいし、絶対に意見を曲げない人なのに」
弟が言うと、母は鼻で笑った。
「いちいち話を聞くからダメなのよ。あんなのチャバネゴキブリの糞よ
義妹も礼を言った。
「お義母さん、本当に助かりました!!」

満足気な母だけ一人、すべてが解決したと思い込んでいるが、後日、町内会長にたっぷりとイヤミを言われ、結局、盆踊りはジュースと現金を寄付し、義妹のアサちゃんは、ラジオ体操の当番に他の家庭よりも2回多く行った。

母さん助けた詐欺。

薬物ダメ

エミコに相談しちゃ「ダメ。ゼッタイ。」

ダメ。ゼッタイ。” へのコメントが 2 点あります

  1. エミコさんの着眼点は相変わらず素晴らしいですね。ごどもどらっぐ、とか良いかも。

    • お友達はよしかず様

      コメントを頂きありがとうございます。
      よしかず君…ヽ(*´∀`)ノ 今日もきっと元気です。
      本当に恥ずかしい名前を付けてやらないと減らないような気がします。
      ちなみに私が今住んでいる場所では、まだ普通に売っているようで堂々と看板が出ています。

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